現役ピアニスト フジコ・ヘミングに習う努力と行動力

フジコ・ヘミング
生き方

フジコ・ヘミングというピアニスト

みなさんはフジコ・ヘミングという世界的ピアニストをご存知ですか?

彼女は日本やヨーロッパ、アメリカで活躍しており、”クラシックピアノの偉才”と呼ばれています。

今でこそ世界中でコンサートを開催するほど著名になっていますが、その人生は決して華々しいだけではありませんでした。

いじめに遭い、両耳の聴力を失うアクシデントに見舞われ、自身の音楽をみんなに認めてもらえないなど苦悩が絶えませんでした。

ですがフジコ・ヘミングはどんな時でも希望と勇気を持ち、ズバ抜けた行動力で困難も乗り越えてきました。

「夢はけっして手の届かないものではない。努力すればいつかは必ずかなうもの
練習がすべて。練習を怠ったらピアニストとしては終わり」

書籍「たどりつく力」の見出しの一部の言葉です。
どんな状況でも努力をし続けて困難を乗り越えてきたからこそ、重みのある言葉だと思います。

フジコ・ヘミングの生き方や姿勢は、私たちも学べることが多いことでしょう。

参考書籍
くよくよしない力
たどりつく力

難民としてベルリンへ留学

父親はロシア系スウェーデン人画家・建築家のヨスタ・ゲオルギー・ヘミング
母親は日本人ピアニストの大月投網子(とあこ)という芸術家家系のもとで生まれました。

しかし一家で日本へ移住するものの、父親は日本へ馴染めず1人故郷スウェーデンへ帰国。
その後は母親と弟の3人で生活をしていました。

6歳のとき母、投網子の手ほどきによってピアノを始めます。

青山学院在学中、17歳でデビューコンサート開催
1953年 第22回NHK毎日コンクール入選、文化音楽賞など多数受賞
東京藝術大学卒業後、日本フィルハーモニー交響楽団など多数のオーケストラと共演を果たす
28歳で国立ベルリン音楽大学(現:ベルリン芸術大学)へ留学

ベルリンへ留学する際、実は無国籍だったことが判明しパスポート取得ができませんでした。

その後、フジコが弾いたピアノに感銘を受けた駐日ドイツ大使の助けを得ることができます。赤十字の難民としてパスポートを作り、28歳で留学を果たすことができたのです。

ここまででも波乱万丈な人生だなと思いますよね。

念願の留学生活は、楽しいものではありませんでした。嫉妬や偏見からいじめに遭う日々。
精神的に辛くても、ピアノを上達させたい一心で鍛錬に励んだと言います。

失聴というアクシデント、それでもピアノを続けた

大学卒業後、音楽の都ウィーンに移住。ウィーンでコンサートを開くことを夢見ていたフジコ。

お金やコネもない中、彼女は指揮者やピアニストに「私のピアノを聴いてください」と手紙を送り直談判しました。

手紙のおかげで偉大な指揮者やピアニストに出会うことができ、のちに手紙を送ったアメリカの偉大な指揮者、作曲家、ピアニスト:レナード・バーンスタインの協力でリサイタル開催の約束が実現しました。
このリサイタル開催までに及ぶ行動力はすごいですよね。


引用元:https://orionfdn.org/fujikohemming/

しかしフジコは突然左耳が聞こえなくなってしまいます

風邪を引いていた為、風邪薬を服用していましたが、それが体質に合わなかったことが原因でした。

もともと右耳は16歳のとき中耳炎を拗らせて聞こえなくなっており、両耳の聴力を失うというピアニストとして致命的な状況に追い込まれました。
コンサートは悲惨な結果に終わり、精神的にボロボロで絶望的でした。

それから耳の聞こえない生活は約2年間続き、治療をしながらピアノを教える生活を送ることになります。

自分より困難な人には必ず手を差し伸べる

ピアノを教える生活を送っていたある日、隣の家に住んでいたカップルが「パスタがあるから食べに来ないか」とフジコを誘ってきました。

フジコも当時お金はなかったので、喜んで食べに行きました。

しかしテーブルには茹でたパスタだけ。カップルもお金がなく他の食材を買う余裕がありませんでした。それなのに、フジコの窮地を救おうと助けてくれたのです。

「どんなに困難な時でも、自分よりもっと大変な人がいる。その人に手を差し伸べるという精神を、この時に学んだのです。」

現在もチャリティー活動を行ったり捨てられた猫や犬を保護しています。

引用元:https://ontomo-mag.com/article/column/fujiko/

都内自宅には保護した猫が25匹、パリの自宅には猫2匹と犬2匹がいます。
フジコにとってピアノは猫達を食わせていくための道具に過ぎない、と言い切るほどチャリティーや保護活動を最優先で考えて生活しているそうです。

犬や猫は常にフジコと一緒にいて、貧しい生活の中でも励ましてくれていた存在。だからこそ、生活にゆとりができた今は動物を助けることにお金を使っているのです。
フジコから動物への恩返しなのかもしれませんね。

終わりに

いかがでしたでしょうか?
フジコの努力や行動力、周りの人や動物への愛情を少しでも知ってもらえたでしょうか。

偉大な音楽家たちに手紙で直談判し、失聴になってもピアノを諦めず弾き続けたこと。
辛く逃げたいと思うこともあったと思います。例え時間がかかっても諦めず、常に努力をし続けてきた姿はまさしく「努力の天才」だと言えます。

「夢はけっして手の届かないものではない。努力すればいつかは必ずかなうもの
練習がすべて。練習を怠ったらピアニストとしては終わり」

冒頭で紹介したフジコの言葉です。まさしく有言実行で表してくれました。

努力する時間はきっと苦しいと思いますが、確実に前に進んでいる証拠です。辛さを乗り越えた先にしか良い結果は訪れないと思っています。

そして外に目を向けて情報を知り関心を持つこと。

今の日本人がチャリティーやボランティアに積極的でないのは、関心がないからだと思います。
もっと周りの情報に敏感になり関心を持てば、誰かのために行動しようと考え方が変わるし、助け合いの輪が広がっていくのでなはいかと思います。

今年で88歳になるフジコ・ヘミング。これからも現役ピアニストとして世界中のファンを魅了していくことでしょう。

最後になりますが、今回参考にさせて頂いた書籍「たどりつく力」「くよくよしない力」にはフジコ・ヘミングの名言が記載されています。勇気がもらえる言葉ばかりなのでぜひ読んでみてください。

まゆみ

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ご飯とお酒が大好きな大食い女! 音楽と漫画をこよなく愛してます。 似顔絵・イラストデザインしてる イラストレーターです。

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