書籍『SHOE DOG』NIKE創業者フィル・ナイトから学ぶビジネスの立ち上げ方

『SHOE DOG』NIKE
キャリア

誰もが知っているNIKEの知られざる歴史

どうも梅雨で自宅に待機しているフルザワです。

梅雨が明けたら、バスケがしたいです。。。

バスケをやる時はいつもNIKEの靴を履いているのですが、今回はそんな身近に存在するスポーツブランドのNIKEについて調べてみました。

バスケNIKE

NIKEは今や誰もが知ってる世界一のスポーツブランドですが、その歴史について詳しく知っている人は少ないのではないかと思います。

そんな歴史について詳しく書かれているのが、NIKE創業者フィル・ナイトの自伝本である『SHOE DOG』です。(→『SHOE DOG』のサイトはこちらから

『SHOE DOG』NIKE

 

この本を読めば、NIKEが世界の大企業になるまでの流れを一気に理解することができます。

本書は2016年に出版され、ウォーレン・バフェットやビル・ゲイツを筆頭に多くの人から「まるで映画のようなストーリーだ」と支持されています。

そんな壮大なストーリーの中でも、ビジネスの立ち上げ方に焦点を絞り紹介していきます。

フィル・ナイトがNIKEを創業した理由

まず抑えておくべきは、フィル・ナイトがなぜNIKEを創業したのかという事です。

フィルナイトNIKE

彼は幼い時から陸上選手として実力を発揮していました。

大学ではマーケティングの勉強をし、MBA(経営学修士号)を取得するためにスタンフォード大学院に進学しました。

そこで日本の技術力の高さとスポーツシューズを低コストで生産できる事を発見します。

大学の論文では『日本のカメラがドイツのカメラを打ち負かせられたのなら、日本のスポーツシューズもドイツのアディダスやプーマを打ち負かせられるはずだ』を発表し、スポーツシューズの販売を考え始めるのです。

ビジネス経験はゼロでしたが、実際にその目で日本の運動靴を視察するべく、「オニツカタイガー」へ足を運ぶ事を決めるのでした。

「オニツカタイガー」は現在のアシックスの前進でもあり、当時は神戸の小さな工場で製造をしていました。

NIKEはオニツカタイガーの転売からスタートした

1962年にフィル・ナイトは日本へ渡り、神戸の「オニツカタイガー」の工場へ向かいました。

オニツカタイガー

日本のスポーツシューズの品質の高さと生産コストの低さが確信に変わった彼は「オニツカタイガー」のアメリカ販売権を得る為に交渉を持ちかけます。

「BRS(ブルーリボンスポーツ)社を所有している」と口走りながらも、交渉の結果「オニツカタイガー」の代理店契約を勝ち取るのでした。

そして、アメリカに帰国した彼は1964年に大学時代の陸上コーチであるビル・バウワーマンとNIKEの前進、BRS社を立ち上げます。

フィル・ナイトとビル・バウワーマンは共に500ドルを出資し、自らクルマの後部座席に「オニツカタイガー」を300足積んで販売を開始するのでした。

ビジネスを立ち上げてから起こる荒波の連続

「オニツカタイガー」の売り上げは好調でしたが、BRS社は常に自転車操業で資金繰りに苦しんでいました。

BRS社

なぜなら収入のほぼ全てを販売への投資へ回し、銀行からの借金で注文を繰り返していたからです。

フィル・ナイトは資金繰りの為に、スポーツシューズの販売だけでなく、会計士や大学の仕事も並行していました。

更には友人から8000ドルもの融資を受け、後に引けない状況になるのでした。

そんな矢先、1971年にBRS社独自のシューズ開発が発覚し、「オニツカタイガー」との契約が打ち切られる事になります。

ですが、フィル・ナイトにはビジネスを成功させるという信念とスポーツシューズの販売へ抱いた確信がありました。

それは大学時代に思いを巡らせた「スポーツシューズを販売しながら過ごせる人生が理想的だ」という純粋な思いが、日本へ行き確信に変わったことでした。

また、この時独自開発されたシューズの「スウィッシュ」のデザインが今のNIKEのロゴマークになります。

NIKE

そして、ギリシャ神話の勝利の女神であるニケ(nike)の翼に似ている事から、社名はNIKEに変更されるのでした。

NIKE創業者フィル・ナイトから学ぶビジネスの立ち上げ方

今回紹介したのは『SHOE DOG』の一部ではありますが、フィル・ナイトがNIKEを創設するまでのストーリーはビジネスを立ち上げる上で大変参考になります。(→『SHOE DOG』のサイトはこちらから

『SHOE DOG』NIKE

なぜならそこには夢物語で終わらせない、浮き沈みの激しいビジネスの現実が詰まっているからです。

今や世界No. 1のスポーツブランドですが、その過程には泥臭い場面が幾つもありました。

・実績のない状態で日本への渡航
・ハッタリをかましながらも交わした契約
・車に積んで販売した300足のシューズ
・投資へ回した販売収入と銀行借入
・友人からの8000ドルもの融資
・同時並行の会計士や大学での仕事

そこまでして彼を突き動かした原動力はスポーツシューズに対する確信であり、必ず成功させるという信念でした。

これからビジネスを展開しようと考えている方はぜひフィル・ナイトの考え方を参考にしてみてはいかがでしょうか。

『最後まで続ける事が成功の秘訣』だとフィル・ナイトは唱えています。

彼のようにどんな事があっても信念を曲げない様に突き進んでいきましょう。

ではまた。

furuzawa

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非日常な毎日を送るwebライター兼学生。コーラとハイボールが好きです。非日常な体験から学んだ事を発信していきます。

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